秋風記

 

秋がわたしを弱くする。

 

Tと一緒に、好きなバンドのライブに行った。

Tというのは、1年前に別れた人。

かわいいって思われたくて、やっぱりいいなって思われたくて、鏡とにらめっこしていたら、待ち合わせの時間に、少し遅れてしまった。

「来てくれないと思った」

Tにそう言われて、ちくりと胸が痛んだ。

当たり前だ、わたしとTは、付き合っていないんだから。

一緒に居る約束など、ひとつも交わしていないのだから。

当たり前だ。

 

会場へ向かう電車のきっぷを買うために、サイフを出したら、ふたりとも新しいサイフになっていた。

それは、わたしのが茶色で、Tのが黒色だという違いだけで、形もデザインも、ほとんど一緒だった。

趣味が元々似ていたのかもしれない。

付き合っていたときに似たのかもしれない。

そんなこと、考えたって、仕方のないことだ。

 

ライブは整理券のないフリーライブで、前の方で見るためには、2時間弱並ぶ必要があった。

全然苦にならなかった。

長い時間人と居ることが苦手なわたしだけど、Tは一緒に居て、とても楽だ。

付き合っている間、ずっと一緒に居たから、慣れているだけかもしれない。

それも、考えたって仕方のないことだ。

 

昔みたいに、イヤホンを半分こして、この曲をやってくれるといいね、あの曲はやらないかなあなどと話す。

「俺、この曲をやってくれたら泣くと思う」

Tがそう言った曲は、別れた恋人への未練の歌だった。

 

その曲は、ライブの終盤に演奏された。

わたしとTは、その曲が流れている間ずっと、指を繋いでいた。

顔は見られなかった。

 

ライブが終わって、そのまま、夜ごはんを食べに行った。

付き合っている頃、行きつけだった店。

注文の時、店員さんに新商品をオススメされて、断れずに頼んでしまうT。

ああ、わたし、この人のこういう、どうしようもなく弱い優しさが、悲しいくらい優しい弱さが好きだったなあ、と思う。

 

ふたりとも、何かに追われているみたいに、立て続けにお酒を頼んだ。

それも、度数の高いものばかり。

酔っ払ってしまいたかった。

「酔っている」を口実にしたかった。

付き合いはじめた時は、お互い未成年だったから、大人だということが、なんだかちょっと悲しかった。

 

わたしがトイレから帰ったら、お会計はもう済んでいた。

必死に伝票を探しながらTをちらと見たら、Tは意地悪く笑っていて、そういうところが本当にずるいと思った。

 

酔ったフリして家に行った。

酔ったフリして抱き合った。

酔ったフリしたTが「好きだよ」と言った。

酔ったフリして「大好き」と言った。

酔ったフリしてキスをした。

酔ったフリしてセックスした。

「しなくても良かったんだ」

そう言ったTを、自分のために信じなかった。

 

 何が正解かわからなかった。

わたしには彼氏がいる。

Tにも女の子がいる。1人2人じゃあ、ないと思う。

何が正解かわからなかった。

わたし自身が、これ以上を望んでしまうことが怖かった。

わたしがTに抱く感情は、わたしとTが「別れている」状態だから、成り立っているのかもしれない。

考えが、頭の中でぐるぐるぐるぐる回って、それがわたしの本当の気持ちなのか、正当化しようとしているものなのか、自分自身でわからなかった。

わたしがTを好きなのかどうかさえわからなかった。

ぜんぶ錯覚な気がした。

 

「2月のライブも一緒に行こう」

Tにそう言われて、チケット申し込みのページを見た。

本当はきっと、一緒に行きたかった。
だけど、3ヶ月後にもあなたとわたしが一緒にいるかなんてわからないから。
3ヶ月後にもあなたがわたしを好きかなんてわからないから。
3ヶ月後にもわたしがあなたを好きかなんてわからないから。

「申し込み」の文字は押せなかった。

 

 

読み返したらきっと、あんまりにもメス臭い自分に腹が立って、ぜんぶ消してしまいそうだから、読み返さずに「更新」の文字を押すことにします。

 

本当に、秋はわたしを弱くする。