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肉体自体が思考する

一ヶ月ほど、ブログの更新を放棄してしまっていた。
「なにも考えることが、書くことがなかった」と言ったら嘘になるのだけど、なにせ思考がブツ切りで、文章に纏めることができなかった。
いかんせん、疲れている。

気持ちに身体がついていかない。
私は4月から大学4年生で、学生というモラトリアムの終焉が近づいているということ。
この事実への焦りから やみくもに行動だけを起こすけれど、行動があって中身が無い。
それにも関わらず、身体だけが摩耗していく。

1日3杯のカフェインで動かしている身体が上げた悲鳴で、ふと気がついたこと。
私は無意識に、気持ちと身体を、肉体と精神を二分して優劣をつけていた。
肉体を、肉体自体の思考を蔑ろにしていた。

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外界と直接触れ合うのは、精神ではなく肉体だ。
どうして肉体自体の思考を蔑ろにできようか。

肉体が「もう疲れた、休みたい」と言っている。
精神が「今頑張らなくてはどうする」と言っている。

両者のバランスが肝要と言ってしまえばそれまでの話だが、時には肉体自体の声に耳を傾けることも、また必要なのかもしれない。

なんて、長々と サボりたいことへの言い訳。