諦めている子供たち

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昨日は成人の日だったらしい。
成人式、あれからもう1年か、なんて凡庸なことを考える。
ローカルなテレビ局の取材班に、「新成人の抱負はなんですか?」と突然カメラとマイクを向けられて、口ごもったことを思い出す。

あれから1年。
わたしは「人と成る」どころか、1年かけてまたひとつ退廃した、堕落女学生になってしまった。

第一、抱負だとか未来だとか、「生きている限り人間は、常に前を見続けなくてはならない」みたいなこの風潮はなんだ。
なにかを成す、成さねばならないという考えは、あんまり正しいとは言えないだろう。
それによってわたしたちはどれだけ自分の首を、自分で絞めているのだろうか。

なにも成さなくても良いと思えること。
これが意外にも大事だと思う。
自分にも他人にも、なにも成さなくて良いと思えること。

「私は何の役にも立たなくてもいいんだ!」(梨木香歩『裏庭』)

あらゆることに理由を求めたりしてはならない。
もっと言えば、すべてのことに意味なんてなくていい。
もっともっと言えば、人になんて、成らなくていい。

「我々は『健全なる道義』から堕落することによって、真実の人間へ復帰しなければならない」(坂口安吾『続堕落論』)


あんまり気負わないで、呼吸を楽にして生きていけたらいいと思います。